子どものおもい、親のおもい。

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認めあい、尊重しあうっていうことが、40代になってようやくわかってきたわたしは、それまでの人生、エゴだらけだった。

 

こうしたい、こうでなければに凝り固まった10代20代は、人を見るのも上か下か。こころを許した友だちでさえも、自分と比べてどうか?という目で見ていたと思う。

好き!と思えることはとことん大好きで、それ以外のいろんなことを全否定して「こだわりがある」ことを売りにして生きていた。

どう見えるかが、どう生きるかだと信じていたんだと思う。

 

これは、子そだてによって大きく覆された。

 

わたしはこうしたい

という思いが強すぎて、人を傷つけたり、黙らせたり、困らせたりする事も多々あったわたしは、自分の感情のコントロールが苦手だった。

案の定、子どもが生まれても、こうしたい、こんな子育てがしたい、こんな子になってほしい、という思いがきっと人一倍強かった。だから、子どもといつも、ぶつかりあっていた。

 

「子育ては思いどおりにいかないもの」

などという言葉、聞いたこともなかったし、まだまだ子どもだったわたしはその事が受け入れられず、子どもの人生を、わたしの用意した型に入れようと、意地になっていた。

 

幸い?うちの子どもたちは、生まれながらに型にはまらない性質で、親の言いなりには絶対に屈しなかった。

ことごとく親の思いを裏ぎり、自分の意思で進んでいく子だった。

 

力で抑えつけようとするわたし、

何がなんでも反発してくる子どもたち。

幸いなのか、わたしのあきらめが早いのか、はたまた子どもたちのカルマなのかわからないけど、

わたしは毎回アニメに出てくる悪役がハンカチでも噛みしめてクヤシー!って言っているオチの役の気分で、子どもがスクスクと自分らしくやっていく様をみて、身をもって理解した。

 

子そだては、思いどおりにならないことを学ぶことなんだ。

 

だからといって、わたしの根っこにある思いだけは譲れなかった。

それは子育ての方針であり目標なので、持たないよりは持った方がいい。たとえ目標は達成されなくても。

 

いま思えば、わたしも親の思いなんて裏ぎり続けたよなあと思う。

 

わたしは子どもに、こんな風に育ってほしいという願いは、親である自分がそうなればいいんだと、だんだん思えるようになってきた。

 

たとえばネガティブな言葉はつかわないとか

人生をたのしむとか

自分のからだを大切にするとか

自分にできることで社会に貢献するとか

 

子どもが小さいうちは

小さな人を守るという観点から、衣食住はいいもの、自然に近いものでなければならないとか、社会から出来るだけ遠ざけたりと、とにかく凝り固まっていた。

そして、そうでない者を否定していた。

 

えー!スーパーで野菜買うとかありえん!とか言っていたな(苦笑)。

 

 

しかし子どもたちが大きくなり

自分の好みで、好みだけではなくいろんな観点が育ってきたなかで

自分の暮らしを豊かに楽しもうとする事に、親のコメントは不要になるときがきた。

もう親の、こうしたら?ああしたら?なんて聞くわけがない。

(うちの子どもたちは大分小さなうちから聞かなかったし)

それは全然悲しいことじゃない。

その時に、親の思いをそのまま受け継いで、親のおすすめを絶対と信じて、暮らしを作ることを、今のわたしはもう望まない。

 

子どもが小さいころはそうなる事が、そんな日が来ることが嫌だったし、怖かった。けど、今となっては、歯磨き粉ひとつ選ぶことも、学校を選ぶことも、仕事を決めることも、自分で決められるかどうかのほうが大事で、何をやるかなんてどうでもいい。

 

上の子たちが小さいころはそれがまったくわからなかった。

親が決めてあげる事が最重要で、こうしなさい、ああしなさい、これはだめ、あれはダメのオンパレードだった。

今4歳の末っ子にはわかる、何が必要なのか。

 

字が読めるとか読めないとかではなく、大きな声でうたを歌えるかどうかでもない。

生活の中で、自分のことをしようとするかどうか。自分のリュックを持とうとするかどうか。自分のあそびを自分で作ったり展開しようとするかどうか。

出来るか出来ないかではなく、しようとするかどうか。

それはもちろん字を読みたいから読もうとするかどうかでもいい。

大きな声で歌えるようになりたいから、歌おうとするかどうかでもいい。

 

できたかどつかの評価はいらない。

やろうと思えるあなたが素敵なんだよって伝えたい。

 

その想いが育つ場所をつくるのが、大人の役割なのだと思う。

その視点で声をかけられる大人たちの中で育つ子どもは、主体的に育つと思う。

 

「やりたい!」「楽しみ!」そんなワクワクとともに、自分の豊かな人生を自分で作っていこうとする子になってほしいという思いは、わたしはいつも持っていたいと思う。

そして、子どもたちにはどこまでも強く、大人を乗り越えていってほしい。

 

40も半ばにさしかかったいま、

凝り固まっていたものがぼろぼろとはがれ落ち、こだわりってなんだ?っていうくらい、柔らかな自分におどろいている。