性のお話会に思うこと

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食育とか性教育とか、ナントカ育と、なんにでも押しつけがましく「育」をつけるのは、個人的にこのみではありません。(ほかに何育があったか思いつきもしないんやけど。。)

日々の暮らしのなかにあることを、イベント的にとってつけるのがすきでないのです。子どもはとっても柔らかいから、教えなくても、おとなが環境さえ用意してあげれば、自分の力でぐんぐん伸びていくものだと思っています。

 

 

こんど【子どもに性教育って必要?】ていうわたし的には挑戦的なお話会を企画しました。

しかし想像していた以上の反響があり、嬉しい悲鳴をあげています。キャー!!

それで定員をさらにふやすことにいたしました。

まだ参加者ぼしゅう中です。

そのくらい待たれていた企画のように感じています。

 

わたしも、学んだ時は、待ってました!コレコレ、これが知りたかったのよと思ったし、自分の考える性教育とは視点がまるで違っていて、いい意味で裏切られて、ああそんな事も考えに至らなかった!!ということ満載なのです。

 

この企画をアップしてから

いろんな方と、このことに関してお話することがありました。

 

性教育って必要?というタイトルの問いかけが、どうも考えるきっかけを与えているようです。

そもそも子どもに、親がわざわざ性の話をする必要あるの??そりゃあ性のことは大切やけど、子どもはそれを親から聞きたいの?!という声や、

 

うちのこはまだ1才とかなので、思春期の子をもつ方に、先にお譲りします、という声も。

 

そのきもち、すっごくよくわかります。

それもそうなのかも知れません。

わたしもそう思っていたこともあったしね。

 

子どもを前に座らせて親が1から10まで教えなさいよというお話ではないのです。

親が学ぶことで、日々の暮らしのなかに自分が意識をシフトできてさえいれば、どのようなタイミングでもあわてずに対応できるでしょうということなんだとおもいます。

 

この間、わたしの友だちが、世界を旅していてすっごく感じたことがあったと話していて、日本はやっぱり島国だなと思ったと。旅した様々な国の人たちは、ほんとうに昔からいろんな国と、攻めたり攻められたりした長い歴史があり、自分のアイデンティティはなんなのかということをつねに意識として持っていて、日常の会話の中にそれをとても感じる。大切にしてきた文化や伝統が混じり合うことなどないと。日本人はその感覚がとても薄いと思ったいうていて、わたしはこの性の話と同じだと思った。

 

学校で習ってないから、親に教えられてないから、自分がどこからやってきたのか、わたしはなぜうまれてきてどう生きていきたいのか、どう死にたいのか、わからないから考えられない、

死ぬなんてありえないこと、非日常なこと。みんな考えてないし、みんなと同じだからそれで安心。

 

みんなと違うから、うちの子ちょっとおかしいんです、変わってるんです、心配なんです。性教育って必要ですか?

 

親も子どもも、悩みのタネはいつも

「みんなと違う」「平均と違う」「ちょっと変わってる」

それに不安をあおられているように思います。だからそのために学びが必要なのだと思います。

 

 

性のお話は、何歳からということはないと思います。

性は生であり、命のことです。

子どもに「あかちゃんはどうやって生まれてきたの?」と聞かれた時、すぐにこたえられる親にぜひなりましょう。

お父さんとお母さんが愛し合ったからよというのはやめましょう。

シングルで子育て中のひともいます。

望まれないでうまれたひともいます。

みんなここにいていいのです。

 

子どもに生理がはじまったとき、あかちゃんをうむための準備なのよというのはやめましょう。

あかちゃんをうまない選択をするひともいます。

「わたしはあかちゃんをうまなければ」というメッセージを子どもに送るのはやめましょうということです。

たんなるからだのメカニズムでいいのではないのでしょうか。

 

あたりまえにされてきたことを、子どもにしてしまうことで、誰かを否定することがあるのです。

 

 

こんかいのお話会は、性を学ぶ入り口に立つ きっかけとなるとおもいます。

この小さな種まきが、広がったらいいなとおもいます。

 

お話してくださる山口さんも

言葉の最後に結んでいましたが

どの子にも

「大切なわたしの心とからだ」

そんな風に思ってもらえたらいいですよね。

 

【お話会 子どもに性教育って必要なの?】

 https://www.facebook.com/events/428885487524884/?ti=icl