学校ってなんだ

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2学期からほとんど中学校へ行かなくなったハネタ。

中学生になって、みんなと同じ給食ではなく

お弁当を選択した地点でそうなる予感があった。

 

わたしから見て、ハネタは学校に「行きたいのに行けない」

というのではないようだ。

「行きたくない」というと何かきっかけや

理由がありそうなのだけど、そういうのでもない。

「行かない」と決めている感じだ。

自分の人生に「必要ない」と気づいたのだと思う。

だから、なぜ行けないのと問われても

まだ自分の想いを言葉にかえることができないハネタは

「わからん」という。

でも、それだけで伝わってくる。

中学校が決して悪いのではない。

3年のふうたはイヤイヤいいながらも毎日行くし

友だちと毎日楽しそうにしているし

わたしの子ども時代と同じく「青春」という感じ。

でもそれが、この世のみんなにとって同じように楽しいものなわけはない。

ハネタにはそれがいらないのだろう。

これは妄想だけど

授業にまったくついていけないのに授業中すわっていないといけない感じとか

テストをして、点数の高いひとから順位がつく感じとか

同い年の子ばかりが100人余ってそこにいるという大きすぎる集団の感じとか

いつもどこかで、大人が子どもを叱る声が聞こえている感じとか

そこをサラリと流して、そういうものだと受け入れて

自分の立ち位置を見つけられる子もいれば

感じすぎる子も居るんだろうと思う。

それはそれとして

いいとか悪いとかではなくて

ハネタにとってそこは、自分には必要ない場所だと思ったんだ。

 

さいきんまでは、いつも家にいて

部屋で一日中ごそごそ何かしたり

自転車で遠方まで探検に行ったり

散歩したり

好きなようにすごしていたけど

このごろ近くのオルタナティブスクールに毎日行きはじめた。

毎日すきな服を着て、行ってきまーす!と元気に出て行く。

帰ってきたら、今日やったことを話してくれる。

そこにこれから毎日いくのかどうかは

まだわからないけど。

 

ハネタをみていると

子どもって、じぶんにとって必要なことはぜんぶわかっているんだな

とおもう。

じぶんのいのちを燃やしたい、それだけにことなんだな。

小さい子が、水や泥んこに夢中になるように。

ハネタがまだ幼いんだということじゃない

子どももおとなもみんなそうなんだとおもう

わたしもそうだ。

いのちを燃やしたいだけ。

 

学校にいかないあいだつくらなかった

ハネベン(弁当)をまたつくりはじめた。

母ちゃんは「いってらっしゃい」といって送り出すことがとてもうれしい。

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