わたしのミシン



去年くらいから、わたしのミシンの調子があまりよくなくて
縫いものへの意欲がうすれつつあった。
それでも、手縫いというよさも知っているのでなんとなく
ちくちくはしていたのだけど
やはり、服とかぬうときは
ミシンがなあ、、、
と、いうかんじで
あたまのなかで気になっていた。


つい先日、ミシン屋さんと出会うタイミングがあったので
今だとばかりに点検してもらったら
直線縫いはなんとかいけるが、反対側のロックミシンはもうなおらないとのことだった。
(わたしのミシンは1台で直線とロックができるコンビタイプのもの)
ミシン屋さんが出してきた、メーカーの出している歴代ミシンを見ていると
わたしのこのミシンは、そうとう昔のもので
もう部品もないのだそう。
ふるいミシンの良さは、修理がきくというところだと思っていたが
ここまで古いと、同じ型のミシンをさがして部品取りをするという方法しかないそうだ。


この古いミシンは、わたしが小学校のときにうちにやってきた。
たしか6年生のときだった。
母が知り合いが販売の仕事をはじめたので、
つきあいで買ったのだ。
月賦で買ったというていた。
母は、いっさい縫いものをしない人だったので
ミシンがとどいたとき、母はばたばたと夕飯の支度をしており
わたしがメーカーさんの使い方の説明を聞いた。
メーカーさんのおばちゃんは、聞くのが小学生のわたしだったので
すこし苛々としながら教えてくれたのを
今でもおぼえている。


それでもわたしは
メーカーのおばちゃんの話だけをたよりに
近所の生地屋さんへ行って
すきなサーモンピンクの、キルティングの生地をえらんで
巾着リュックを縫うたり
リバーシブルのお弁当箱のつつみを縫った。
今でも、作ったものの手触りや色を
はっきりと覚えている。


ミシンは、鉄でできていてとても重くて
気軽にサッと出せないけど
それでも、名古屋に住んでいたときも持っていっていたし
結婚してお嫁にも一緒にやってきた。


今までこわれたりしたことは一度もなかった。
上糸の調子がわるいことやなんかは時々あったけど
「いまミシンの機嫌が悪くて」といってはなれていたら
いつのまにか機嫌をなおして、
調子が戻っていたりした。


わたしはものにたいして
「10年もの」とか「一生もの」とかいうことばを
ときどきつかっていたけれど
10年なんて短いし
一生といえるほど、まだ生きていない。
でも40年生きてきて30年ちかく一緒にいるこのミシンは
子どものとき暮らしていた親やきょうだいよりも
そしていま、一緒に暮らしている旦那や子どもたちよりも
長くときをすごしている。
革のくつやかばんも、お皿や食器やテーブルや椅子も
10年あまって一緒にいるが
それよりも、このミシンとのほうが長くときをすごしている。


それでも、半分はこわれてしまった。
直線縫いのできるほうだけ
メンテナンスしてもらったら
今までよりもスウーっと
きれいに縫えるようになって帰ってきた。
まだ使えそう。


わたしは今回のことで
暮らしをまた、みつめなおす機会をもらった。
「買う」暮らしから「つくる」暮らしへ。
ぼんやりと思い、いうてきたことを
はっきりとかんじて、伝えていきたい。


このたび、部屋のかたすみに
作業室をつくった。
かぞくのふくを、つくる場所。

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