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 お産のはなし2




いよいよ本格的な陣痛になり
腰が砕けそうな痛み。
やっちゃんにひたすらさすってもらう。
4人目にして、はじめてさすってもらう。
でも、ちょうどいい感じ。
わたしの痛いところがわかるのかい?
そう思うくらい、
文句なしのさすり方。
横になりたいが
横になったらうむまでがもっと長くなるよ〜
と、自分にいい聞かせて
座って陣痛を逃す。
(それでも2回くらいは横になってしまったけど)


ただ座っているというよりは
波にのっているように
おどっているように
みぎに、ひだりに、ゆらゆらゆれていた。
なぜそうしていたのかわからないけど
そうしていたかったのだ。


で、もうそろそろ限界〜!><
あなというあなから、中のものがいっきに出そう!
となってきた。
それでもあかちゃんが出そうというとこまでは
まだきてない。


やっちゃんにお風呂にお湯をいれてと頼む。
陣痛の痛みが、お湯ですこしやわらぐ。
お湯に塩をいれる。
あかちゃんがでてきても
すぐに空気にふれてびっくりしないように
お風呂のお湯も、おなじような塩分濃度にする。
羊水のミネラルは、海水と同じくらいなんだそうだ。
あかちゃんは、10ヶ月間ずっと
母という海の中にいるのだ。


ただひたすら、お湯の中で陣痛の波にのる。
陣痛がないときは、
意識がもうろうとして
どこかへ連れて行かれそうになる。
眠いとか、疲れとか
そういうものではなく
なんていうか、
生と死のあいだを行ったり来たりしているような感覚。
やっちゃんの手を握ってくれる感覚だけが
生きている実感。
そしてまた陣痛がくると
こっちの世界へ。
でもそこに冷静さはなく
動物のままの自分がいて
今まで出したことない声をだしながら
おなかの中の子に
こころを集中させる。
そのときは
私がやっちゃんの手を
つよくつよく握っていたとおもう。


はじめてのお産のときは
うまれるタイミングも
よくわからなくて
助産師さんの「いきんでー」とか
「とめてー」とかいう声にあわせて
「産まさせて」もらったという感じだった。
自分のからだの声をきくという感覚が
まだ未熟だったのだろうと思う。
そしてなかなか出てこなかったので
陣痛促進剤をつかった。


3回目のムギのお産では
いきまなくても
どんどんと自ら産まれ出たので
とても気もちのいいお産だった。
いきまなくても
子どもが自分でうまれてくるんだ
子どもにはそういう力がもともとあるんだ。
うまされるんじゃなくて、
自らうまれるお産っていいなとおもった。


こんかいは、
はじめてのお産のときと似ていた。
ふうたと同じく
ひびたは、自らどんどん出ようとはせず
ゆっくりだった。


それでもあと2回くらい陣痛がきたら
でてくるなと思ったので
やっちゃんに子どもたちを呼んでもらった。
それまでは、ときどき心配そうにのぞきにきては
またどっかに走っていってあそんでいた模様。


やっちゃんが、はねたにカメラを持たせた。
昼間だったけど
お風呂の中は暗くしていた。
あかちゃんがびっくりしないように。
おなかの中もきっと薄暗かっただろうから。
はねたは「母ちゃんがんばれよ」とか
いっぱい声をかけてくれた。
ムギは、風呂場のいりぐちあたりで
不安そうにこっちを見ている。


強い陣痛がきて、子宮から膣へと熱が移動してきた。
あたまが出てきた。
そこから次の陣痛までがすごく長く感じた、
すこしのいきみを加えると、
あかちゃんがとびだしてきた。
お湯の中に、魚のように。
やっちゃんがゆっくりと
あかちゃんの顔を湯船から出すと
ちいさく息をして、ちいさく声をだした。
首にゆったりと、ぷりぷりした「へその緒」を巻きつけていた。
巻きつけたままにして、
わたしはちいさなちいさなひとをだっこした。
やっとあえて、とてもうれしかった。


   お産のはなし3へつづく

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