お産のはなし1




4月4日の明け方
その時がやってきた。
にぶいような、おなかの痛み。


毎日「陣痛かな?」と祈るように
おなかの声に耳をかたむけていたので
最初は「想像陣痛」かと思った。


しかし、まだまだ「痛い」とはいえないほどの弱々しい
でも確かに陣痛だとわかる(ここが経産婦ならでは)痛み。


まいにち元気にどこもいたいところがなく、
すこやかに起きてしまっていた
不安だらけの陣痛待ちの日々が終わり、
ようやく待ち焦がれていた「痛み」でめざめる朝。
これからの陣痛の波にびびりながらも
嬉しい気もちのほうが断然、勝っていた。


これまでの経験から
わたしは微弱陣痛が十数時間つづき、
ついには遠のいてしまうということがあったので、
今回のお産は、痛みを寝て逃さず
立ったり座ったり、動いたりして
どんどん波に乗ろうと決めていた。
痛みがきたとき横になっているとすこしは楽な気がするが
それではお産を無駄に遅らせてしまう。


家族はまだ誰も起きてない。
わたしもまだ本格的な陣痛ではなかったので
もういちど布団にはいる。
6時ごろ目ざめたやっちゃんに
「陣痛がきたよ」とだけ伝えたが
やっちゃんもとくにびっくりもせず
「やっときたか」という感じで、また二度寝
やっちゃんのすばらしいところは
焦ったり、バタバタあわてたりしないとこ。


(あとで聞けば
わたしがいつもなにかと大げさにさわぐので
今日うまれるとはおもってなかったらしい。怒!)


それから子どもたちも起きてきて
とりあえず朝ごはんを食べた。
わたしも、これからどんだけ長丁場になるか知れなかったので
今のうちにと、やっちゃんの用意してくれた
ごはんとみそ汁の朝ごはんをいただいた。
ごはんのとき、「今陣痛が来とるけん、今日中にはうまれるよ」
と家族に伝える。
ふうたに「部活休んでもええよ」というてみたが
「おれは部活行くよ」というて出かけてしまった。
年ごろの子を、無理には引き止めまい。


ムギがうまれたとき、やっちゃんは仕事でいなかったけど
ふうたとはねたは、病院で一緒に
ムギの誕生をむかえた。はねたはまだ3才で
ほとんど覚えていないようだけど
ふうたは5才だった。


あの時、うまれたすぐのあかちゃんは
むらさき色で、人形みたいで、
それからどんどんあかくなっていったと、
それがとてもこわかったと、
今でもふうたはおぼえている。



朝ごはんがおわって、まだ動けるぐらいのときは
陣痛がきてもできるだけ家の中をうろうろしていた。
そんなとき、自分の意志に関係なく
ぬくいお湯が自分のからだから一気に流れ出した。
破水した。
あわててバスタオルをもってきてもらって
股にはさむが、どんどん出てきて追いつかない。
よくもこんな大量の湯が入っていたなと思うくらい
延々と流れ出つづける。
ふと、あかちゃん水がなくなって大丈夫かな?
と心配になる。
でも破水しても、しばらくはあかちゃんはだいじょうぶなのです。
水分補給にりんごジュースをいれてもらう。
そしてだんだん
たっているのもしんどいほどの、痛み。
ウロウロするのをやめて、すわって陣痛を逃がす。
時計をみると9時。
陣痛はすでに2分間隔くらいになっている。
あっというまに10時。
お産のときって、時間の感覚がいつもとちがう。
でも見守っているほかの家族はどうなんだろう?
まだかな〜長いな〜と思って
逆にずいぶんと長く感じているのかもしれないな。


   お産のはなし2へつづく

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