学校ってなんだ 高校篇

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不登校だったはねたは

この春から、高校生になった。

 

「高校へ行く」と決めてから

残りの中学時代は、無遅刻無欠席でかよった。

誰にもそうしろと言われていないのに

自分で決めたことはやる

というのが彼の素敵なところだと思う。

 

それにしても

中学時代のほとんどの学習をしていない彼は

遡ること小学生時代も

あまり勉強が得意ではなかったから

基礎学力みたいなものが十分身についていないのか

行こうと思っていた高校には入れなかった。

(ここを書くと長くなるのでまたいつか)

 

不登校をしていた経験のある子が

意を決して高校へいくと決めても

思いのほか難しいことだということが

今回のことでよくわかった。

中学校はこころもからだもものすごい

変化する時だ。

ぐん!と伸びようとする子どもたちは

学力で順番がつけられて、評価されて

居場所を失ったと感じる子もたくさんいる。

はねたもそう。

おれはバカなんよ。みんなもそう思っとる。

と、よく言うていた。

 

でも高校に行きたいと思った彼は

自分なりに勉強した。

でも、遅れた時間をとりもどすには

ちょっとおそかった。

 

 

でも、高校って色々ある。

通信とか定時制とか私立とか。

はねたは全日制に行きたかった。

でも最終的に定時制高校を選んだ。

定時制高校って、外から見るのと中から見るのとではイメージが違う。

 

ヤンキーばっかりなんじゃないか、とか

いろんな年代の人がいるんじゃないか、とか

ほとんどの子が1年も続かないらしいよ、とか

いろいろ言われたけど、

 

今の定時制高校は昔よりもいろんな事情を抱えた子が通っている。

なので、とても自由で

ゆっくりした時間が流れている。

授業時間は40分。

1日4時間目まで。

 

みんなと違うのが普通なので、

人との違いをあまり氣にしなくていい。

いちばんわかりやすいのが制服。

着てもいいし着なくてもいい。

このことにわたしはいちばん反応した。

制服があるのに着なくてもいいって!?

すごい!!!!!

制服着たくないっていう人いるよね。

制服好きな人もいる。可愛く着こなしたいとか。

性的マイノリティの人も

経済的に負担ていう人も

年齢的に抵抗がある人も

選択肢があることはとてもいい。

そして、いろんな人がいることを

「着ても着なくてもいい」という共通認識のおかげで

誰もがお互いを認め合うことができる。

それだけで「わたしはここにいていいんだ」って思える。

 

おしゃれするのがすきなはねたは

入学式の日から

自分の好きな服を着て行った。

 

入学して1ヶ月もたった頃

入学式の日は私服を着ていたのは

はねたひとりだけだったのが

クラス半分くらいの子が

私服になっていた。

みんなのびのびと

解放された顔をしているように見えた。

 

つづく

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学校ってなんだ 中学篇

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学校ってやつを

やたら意識しているわたしがいる。

 

はねたが「高校に行きたい」と言って、

しばらく行ってなかった中学校に

また通い出したとき、

なんで高校に行きたいか聞いた。

 

彼は、「青春したい」と言うた。

バイトして、好きな服を買うたり

友だちと青春したいと。

 

はあ?とも思ったし

もっと他になんか無いんかい!とも思った。

でもすぐに、15歳の想う切実な願いだとも思った。

そもそも不登校でほとんど学校に行かなかった子が

ほとんど勉強してなかった子が

全日制の高校に行くということは

かなりハードルが高い。

不登校じゃない子や成績がそこそこの子なら

「青春」は当たり前に約束された道なのだけど。。

 

はねたには「手の届くところにない憧れの高校生活」だったと思う。

 

 

学校に行かないと決めた中学時代

学習についていけず

自分で自分をがんじがらめにして

高い高い壁を作って

学校から距離をおいた。

でもそれは学校が嫌いになったんじゃなかった。

友だちもいるし、恋もしていたんじゃないかな。

勉強も、わかりたかったと思う。

 

きっと誰よりも誰よりも誰よりも

学校にたいして

熱い想いが、願いがあったんだろうな。

現実の自分と、現実のその場所とが

自分の想いとあまりに違いすぎて

自分の居場所はここにはないと思って

行かないとしか言えなかった状況を作ったのは

私たち大人だった。

子どもたちの伸びたい欲求を

どんどん奪い

点数で子どもを評価して

きっと誰にとっても居心地がわるい世界にしてしまった。

 

学校に通える子が大丈夫で

通えない子は大丈夫じゃないと言えるのかな?

誰かにとって居心地が悪いということは、言わないだけで、ほかにも無理している子がいるかもって考えるのは

大人の役割だ。

 

学校ってなんだろう。

いまもいろいろおもう。

 

はねたはこの春から高校生になりました。

 

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七夕にねがいごと

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今日は予定していたブルーベリー園のイベントが悪天候のためキャンセルとなり、

お店をあけようかとも思ったけど、悪天候なのでそのまま臨時休業にさせていただいた。

で、のんびり家族とともに家ですごした。

きょうは七夕。

小6のムスメが書いた、笹飾りの短冊には

「これからもしあわせがつづきますように」

 

わたしはこれを見て目がまるくなった。

 

麦(ムスメ)は今しあわせなん?と、思わず聞いてしまった。

 

「しあわせじゃよー。だってな。なんか家でもみんな明るいし、たのしいでー💕」

 

わたしはそれを聞いて、なんかすごいなーとおもった。

たしかにわたしも、家族といられてしあわせだなあとか思うけど、

それでも「もっと」とかおもうし

まだまだその先があるかも?とか思って、刺激と感動をもとめたりしてる。

でも、この小6のムスメは、今がこのままつづいてほしいって、そんな風に思ってるのか。。。

 

わたしがこの年ごろのころは

いろいろ悩みがあった。

彼女のように、あー!今しあわせ!

なんて、これっぽっちも思わなかった。

 

友だち関係がうまくいってなかったり

勉強ができなさすぎたり

体重をへらしたがったり

メガネがいやだったり

天パが嫌いだったり

好きな人がいたり

とにかく悩みだらけだった。

 

麦は、、、いつみてもたのしそう。

とにかくいつもしあわせはっぴーという感じ。

 

なんかべつの生きものなんだよなあ。

 

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***

 

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