子どものちから

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朝、外にでたら空氣がすこしつめたくなって、

きもちがしゃんとするここちよさ。

ひびた4才と6ヶ月。

 

保育園にいく準備はできていて、ひびたにしては大きめのリュックとお茶の入った水筒を背負い、手には車のなかであそぶ用のおもちゃ2つ持ったまま、「さきにくるまにのっとくよ〜」と外にでた。

とうちゃんが家の中から「外でたらゴミおいてあるけん、とうちゃんのトラックにのせといてー」ってひびたの背中に向かって声かけた。

じぶんの荷物だけで手いっぱいのひびたなのに、また言うてるな(笑)て、わたしは思ったんやけど、ひびたはかろやかに「わかった〜」とこたえた。

とうちゃんから頼まれた力仕事、ぜんぜんできますとも!という感じだった。

えー!どうやって持っていくんだろう?って、わたしはうしろからこっそり見ていた。

背中にはリュックと首にぶら下げた水筒。それだけでも小さなからだにはとても重そうなのに、ひびたのからだくらいある、大きなゴミの入ったゴミ袋!

片手でもちあげてみても、床からは離れない。それでもひこずるのは違うと思ってるのか、おもちゃを持ったままの手で、両手でなんとかもちあげた。

からだの方がゴミ袋に引っ張られながら、ヨロヨロなんとかとうちゃんの軽トラにたどりついた。

軽トラの荷台はひびたの頭よりも高くて、持ち上げるのはなかなか難しい。

さいしょからあきらめて、下に放置するのかと思いきや、じっと頭より高い軽トラの荷台をながめてる。考えてるんだ。

 

小さな両手でとりあえず、上がるとこまで持ちあげようとしてみたけど、おもちゃを持ったままなので、ゴミ袋はすぐ手からすりぬけて下におちてしまう。

 

ようやく、手に持っていたおもちゃを荷台に放り込んで、もういちど!

なんども持ちあげてみるけど、やっぱり腕の力がゴミ袋に負けてしまう。

 

今度はタイヤに足を引っ掛けて、荷台に顔が出るとこまで自分を登らせてから、足元のゴミ袋を引き上げてみる。

でもゴミ袋に手が届かず、失敗。

さいごにたどりついたのが、登るときにゴミ袋もいっしょに引き上げる作戦。

でも片手は軽トラにとられているため、ゴミ袋がやっぱり片手ではもちあげられない。でも、なんども挑戦してみる。

 

そのうちに、とうちゃんの声がした。

「できたでー?」

そしたらひびたが「とうちゃん、おもたいわ。とうちゃんやって」て、白旗をあげた。

ゴミ袋から手を離し、ヒラリと軽トラの荷台に登って、おもちゃを取り、ゴミ袋から解放されたひびた。

 

わたしは、とうちゃん今でてくるなよ〜もうちょい見守ってよ!と思ったけど、すぐにまた、これでよかったんだな、とも思った。これが日常だ。

 

わたしはこんなにも小さなひびたが、ひとりで考えてあれこれやってみたりする姿に朝からこころがふるえた。

できないからといって泣くでもなく、できるまでやり続けようとするのでもなく(きもちを切り替えてとうちゃんにもまかせられる)ようになったこと。すごいなって思う。

すこし前のひびたなら、雑にゴミ袋を引きずって袋が破けてゴミをまき散らし、それでも泣いてひびたがやる〜〜!!と、はじめからやり直しさせられたりして、めちゃくちゃ時間と手間がかかり、しまいに天狗さんか鬼さんくるよーとおどしをかけたりしたものだった。

そういえばさいきん、わが家には天狗も鬼も来なくなったな。

どうやったらゴミ袋を乗せられるか?といろいろ考えてやってみているひびたの姿を、とてもかっこいいと思った。

子どもはこんな、誰もみてないところで思考したり、たくらみを持ったりするなかで、生きるための力をつけているんだなと思う。

あのめんどくさかった時代も、ここに至るまでの必要な積み重ねだったはず。

それはこれからも。

 

おとなが方法を教えたり、指示して従わせたりして身につけるかしこさとは違う。

大切にしてあげたい子どもの時間。

 

なんだかすっかり家族の中で「手のかかる小さい人」という位置づけではなくなっていて、頼りにもなる家族の一員になっているひびた。

4歳半て、小さいのにこんなに大きいんだなあっておもった。

 

 

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ろうそく夜おやつクラブ 秋

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ろうそく夜おやつクラブ

ひさしぶりに開催しました。

教えてくれたのは

さいきん、大活躍中のおやつユニットtomoe

の、ともこさん。

 

↓ ↓

 

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こんかいつくったのは

ぶどうのパイと、紅玉りんごのタルト。

秋になると、粉のお菓子が食べたくなるので

なんかつくって〜
と、わたしのほぼ丸投げ状態のお願いに

ともこさんは、いっぱいあたまを悩ませてくれて

職人たましい全開(?)で

そこにいた全員を、しあわせの国に連れてってくれました!!!

 

ともこさんの作るお菓子は、なんていうか

とてもとても美しい、

美しいな〜という言葉が似合う。

つくる手が美しい。

果物さわる手

道具をつかう手

生地をのばす手

焼けたお菓子をカットする手

その作業する手と、お菓子のお味が

つながってるというか。

おいしいの漢字が「美味しい」って書くのは

そういうことか!と

考えたこともなかったことにたどりついた。

 

参加してくれたお客さんたちも

同じように感じたのではないかなあと思うんだけど。

はじめましての方や遠方からいらしてくださった方もいて

でもみんな、とても楽しそうでいい顔をしていて

お菓子ってほんま人をしあわせにするよな〜って

言葉に出さずとも

みんなが思ってるかんじだった。

 

 

そしてわたしは

パイやタルトにあう紅茶を淹れました。

紅茶と、バターを使ったお菓子の組みあわせは

わたしにとって、お菓子づくりが大すきになった

中高生のころを思いだす。

 

甘すぎるお菓子は年齢的に(苦笑)もう食べられないけど

良質のバターやたまごを使ったお菓子は

美味しいなあと、たまに作ろうと思いました。

 

 

 

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ちゃぶ台生活

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めちゃくちゃ暑いですが、食欲がまったく落ちません。

むしろ、なに食べよう?

暑いけど、なに食べたい?と

いつも自分のからだに問いかけています。

 

さいきんはやっちゃんが育てた夏野菜が毎日あるので、切っただけのきゅうりやトマト、ゆでたての枝豆やしそとみょうがとネギをのせた冷奴。あとは素揚げした夏野菜にダシ醤油やポン酢をかけただけのおかず。

冬より晩ごはんの品数が多くて、豊か〜。

 

大きなテーブル生活はさいきんお休み。

小さいちゃぶ台で、茶の間生活が楽しい。