子どもの居場所を台所に

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ひびたと買いものに行ったとき

「あっ みずな!今日これ買おう、みずな!」といってみずなを持ってきた。

わけを聞くと、給食に出たらしい。

水菜ときゅうりと小松菜と人参をなんかお料理したのがでて、とってもおいしかったんだそうだ。

でもその日わたしはとっても疲れていて、晩ごはんはちゃっちゃと作れるものって決めていたから、ひびたの提案は話を聞くだけで、また明日でもいい?と言いながら、お店を去った。

 

つぎの日、またひびたと買いものに。

ひびたはちゃんと、昨日のことを思い出して「あっ みずな買うんだった」というて、カゴに入れた。

わたしも今日はさすがに買わないわけにはいかないと思い、半信半疑でひびたに「水菜をどうお料理するか、ひびた知っとん?」ときくと、

「しっとる!みずなと、こまつなと、きゅうりと、にんじんをきってな、おいしいんよ」とのこと。

私「味つけは?」

ひびた「うーんと、うーんと、わからんけど、くちにいれたらさらさらーってしておいしいんよ」

「なんでそんなに知っとん?」と聞くと

「〇〇さん(たぶん給食の職員さん)がひびたのグループでいっしょにごはんたべてな、これなんのやさいかしっとる?ていうてな、おしえてくれたんよ。めっちゃおいしかった!」

園の給食のゆたかなひとときは、そのままひびたの心にふかく残り、また家に帰ってその時間を家族と共有したいというきもちがそこにはあって、わたしはとても嬉しくなりました。

 

いつもはしょうもないお菓子を買わされたりするのに、この日は水菜ときゅうりをひびたと買い、やっちゃんが焼きそばを作るかたわらで、わたしはひびたと水菜のサラダをつくりました。

 

お野菜を洗って切って、盛りつけて、ドレッシングをかけただけのサラダだったけど。

給食のメニューがサラダだったかはわからないけど、ひびたは自分が作ったお料理を、家族にふるまい、自分でもたくさん食べていました。

 

先日はかあちゃんの会で「子どもの居場所を台所に」というお題でおはなし会を開きましたが、子どもが「食べる」ことにどれだけ主体的にかかわっているか、そのことがいかに大切かということを実践的に学びました。

そのおはなしを聞いた翌々日のこの出来事だったので、よけいに子どもってほんとに柔軟で、素直だなぁと思いました。

そして、おとなはちょっと意識して環境を用意してあげるだけで、子どもは豊かにすくすくと育ってゆく。

 

なにより、ひびたと一緒に買いものし、お料理した時間は、野菜を食べたとか、野菜のなまえを知っているとかいうことよりも、もっとかけがえのない時間だよなぁと思う。

 

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クーヨン6月号に。

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「子育ても仕事もハッピーに

わたしのマネジメントルール」

というお題で、クーヨン6月号に

掲載していただきました。

なんと表紙はひびたとやっちゃんが。

 

そして、特集のなかでは6ページにもわたり、わたしの子育てから学んだ仕事のあり方、わたしのあり方がとってもわかりやすくまとめられています。ライターさんてほんとうに凄い!!

そもそもこの取材のお話がきたとき、

子育てとビジネスを絡ませて話してみないか?というようなお誘いだったので、わたしには全く無縁な内容ではないかと戸惑ったのだけど、よくよく考えたら

わたしがふだんから考えていることととってもリンクする内容で、クーヨンさんの企画、すごいいい!と思いました。

ほかの特集ページもとてもおもしろかった。

働きながら子育てをするって、クリエイティブなことだよなぁ。

結局自分はどう生きていきたいかってことに立ち戻らされる。

どんな環境でも、どんな場所にいても、誰といても、自分だけだとしても、結局どうありたいかがないと、しあわせって見えてこない。

 

取材の日は、お年ごろな娘がマスクを外そうとせず、写真にも写りたがらずだったし、ひびたも姉の影響でいろいろ嫌がり、抱っこされるのはあかちゃんだけだといって、なかなか親に近寄ってこないし、取材がめちゃくちゃ難航

しました。でもライターさんはそんな面倒な子どもの扱いにも慣れた様子で、思いを尊重しながらも、一緒にトランプしたりして、子どもをリラックスさせるのがうまかった!👏

表紙はその時のもの。

クーヨン面白いからぜひ読んでみてください。

 

 

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メガネを変えるってこと

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わたしが、子どもと子育てから学んだことのひとつに「メガネを掛け変える」ていうのがある。見方を変えるということなのだけど、わたしはこれにきづくまでにずいぶんと時間がかかった。

 

そもそもわたしは、とにかく思いどおりにいかないとイライラと腹を立て、邪魔されていると感じる性質で、そう思えば思うほど、なって欲しくない方向へ向かってしまう人だった。

今思えば、そりゃそうなるわ!と自分にツッこむことができる。

そう、わたしはそれを「望んで」やっていたのだから、お望みどおりの結果が待っていただけだ。

 

怒ってイライラしたいから、どうか全てが思いどおりになりませんように〜と、まるでお願いしたみたいに、結果はいつも願いどおり。

 

つまりメガネをかけかえて、見えかたを変えれば別の願いが叶うだけのことだった。

ほんとうは、わたしは家族とフラットな関係で、ありのままを認めあい、お互いが安心して共同生活を送りたい。いっしょに楽しく暮らしたい。

それがほんとうの願いだった。

 

メガネを掛け変えると、まえは相手のわがままとも思えていた行動を、受け入れる事ができるようになり、腹が立たなくなる。こちらがそんなスタンスだから、相手も、こちらを受け入れてくれるように変化するからふしぎ。

 

これは子どもとの関係だけでなく、パートナーとの関係こそ、効果的だと思う。

 

そもそもパートナーとの関係が

お互いを認めあい、自由で、フラットで、安心できる関係でないと、いっしょによりよい子育てをするのはなかなか難しいとわたしは思う。

 

わたしにとって都合のいい存在かどうか、という視点だとうまくいきにくい。と思う。

お互いに大切に思っているかどうか、がないと。

そしてさきに差し出すのは自分。

これがなかなか難しいけど、それができるかどうかは、この後の人生ぜんぶを自分の手で、死ぬまで素晴らしいものにできるかどうかにかかっているといえる。

大げさでなく、ほんとうに。